庭における「何もしない場所」。
空いている場所があると、何かを置きたくなります。けれど、庭を庭らしくしているのは、何も置かれていない場所かもしれません。余白を、設計として残すことについて。

庭に空いている場所があると、何かを置きたくなります。
花壇をつくる。飛び石を並べる。鉢を置く。ひとつひとつは良いものでも、埋まっていくほど、庭は落ち着かなくなります。
余白が、ほかを見せている
木が一本、きれいに見える庭には、その手前に何もない地面があります。
何もない場所があるから、目は木にたどり着きます。まわりが埋まっていると、木は、たくさんあるもののひとつになってしまいます。
神社の境内を思い出してください。砂利が敷かれただけの、何もない広がりがあります。あの静けさは、何もないことから来ています。
決めていないから、使える
使い道を決めた場所は、その使い道にしか使えません。
何もない場所は、椅子を出せば居場所になり、子どもが走れば遊び場になります。暮らしが変わっても、そのまま受け止めてくれます。
放っておくのとは、違う
何もしない場所は、放っておいた場所ではありません。
地面を整え、砂利や芝で仕上げ、そのうえで何も置かない。そう決めるところまでが、設計です。
いまの庭を眺めて、なくても困らないものを、一つ探してみてください。それをどけたところが、最初の「何もしない場所」になります。